ある朝、枕元に置かれていたもの
娘の彩が8歳の誕生日を迎えた朝のことです。いつものように目覚まし時計より少し早く目が覚めた私は、枕元に小さく折りたたまれた紙が置かれているのに気づきました。彩の文字で「ままへ」と書かれていました。
開けてみると、クレヨンで描かれた私と彩の絵と、ひらがなで書かれた短い文章がありました。「ままはいつもわたしのそばにいてくれる。ありがとう。だいすき。」
私はその場で泣いていました。声を出さないように、布団の中で。
「そばにいる」ということの意味
正直に言うと、私はここ数ヶ月、仕事の繁忙期と重なって、彩との時間をなかなか作れていませんでした。夕食の準備をしながらスマートフォンを見て、お風呂では疲れて会話も少なく、寝かしつけのときには自分のほうが先に寝てしまうこともありました。
「ちゃんと向き合えていないな」という罪悪感はずっとありました。それなのに彩は、「ままはいつもそばにいてくれる」と書いてくれた。
子どもは親が思うよりずっと、見ている
後から彩に「どうしてこのお手紙書いてくれたの?」と聞くと、「だって昨日、ままが疲れた顔してたから、元気になってほしいなって思って」と言いました。
私は言葉を失いました。私が彩を気にかけているつもりでいたのに、実は彩もずっと私を気にかけていてくれた。親子というのは一方通行ではなく、双方向で支え合っているのだと、この朝、初めて実感しました。
その日からやめたこと、始めたこと
あの手紙をもらった日から、私はいくつかのことをやめ、いくつかのことを始めました。
- 夕食中のスマートフォンを見るのをやめた
- 寝かしつけのとき、彩の話を最後まで聞くようにした
- 「ありがとう」と「大好き」を口に出して言うようにした
- 週末のどこかで、彩と二人だけで出かける時間を作った
大げさな変化ではありません。でも、こうした小さな積み重ねが、確実に私たちの関係を豊かにしてくれています。
親子の絆は、特別な日じゃなく日常の中にある
旅行に連れて行くことや高価なプレゼントより、毎日の「おかえり」「今日どうだった?」「大好きだよ」が積み重なって、親子の絆はできていくのだと思います。あの折りたたまれた小さな紙が、それを教えてくれました。
彩、ありがとう。あなたのお母さんでよかった。